星は
すばる
12月1日(火)から 銀座鳩居堂さんにて
小澤蘭雪書作展
一に思はれむ とこそ 枕草子・中宮定子へのオマージュ
遠くて近きもの
舟の道
12月1日(火)から 銀座鳩居堂さんにて
小澤蘭雪書作展
一に思はれむ とこそ 枕草子・中宮定子へのオマージュ
ただ秋の月の心を
見はべるなり
12月1日(火)から 銀座鳩居堂さんにて
小澤蘭雪書作展
一に思はれむ とこそ 枕草子・中宮定子へのオマージュ
第一の人に
また一に思はれむとこそ
思はめ
12月1日(火)から 銀座鳩居堂さんにて
小澤蘭雪書作展
一に思はれむ とこそ 枕草子・中宮定子へのオマージュ
皆さまのお越しをお待ちしております
心ときめきするもの 雀の子飼
12月1日(火)から 銀座鳩居堂さんにて
小澤蘭雪書作展
一に思はれむ とこそ 枕草子・中宮定子へのオマージュ
この他にあと三点「麗」が会場にならびます
12月1日(火)から 銀座鳩居堂さんにて
小澤蘭雪書作展
一に思はれむ とこそ 枕草子・中宮定子へのオマージュ
皆さまのお越しをお待ちしております
本日より 個展作品の一部をご紹介します
それぞれの字にご自分の世界を重ねていただけると嬉しいです。
12月1日(火)から 銀座鳩居堂さんにて
小澤蘭雪書作展
一に思はれむ とこそ 枕草子・中宮定子へのオマージュ
昨日はお団子の後 大仙院さんに尾関宗園師ご一家を訪ね その帰り思わぬ方向に
行って一日を訳わからない感じで終了した。
思わぬ方向に と言うことを書き出すと疲れが出そうなのでやめよう。
さて
今朝春日大社へと思って車に乗り、やはり頂上は無理としても若草山の天辺にある鶯塚が見えるところまで行ってみよう、と気持ちが変わった。
車止めからしばらく歩くと奈良市内を見下ろせる場所に出た。
平城宮跡まで見える。
朝日に輝く盆地を見て より大きな京都へ移った後の時代を思った。
もう一段階上高いところの端に石碑が見える。
古墳の上に建っているのがよくわかる。
石碑の裏によく読めないが清少納言がなんとか、と刻んである。ここを訪れたか、話に聞いたのかは知らないが鶯塚が彼女の知識のうちにあったことは間違いない。
ガイドブックや映像では得られない臨場感は空気にある、と実感。
この世の中、できる範囲で良いからこの 実際の空気に触れる と言うことを忘れないようにしないと絵に描いた餅、これまでの狭く限りある経験から、
折角名物のお団子を食べながらも、
自分の不明を恥じない文句つけの人間になってしまうのだ と私は世の中で流行っているクレーマーたちに言いたい。
何だか戦闘的になってきたのでこの辺りで
内容豊富な旅でした。
泉涌寺から三十三間堂と言って乗ったタクシーの運転手さんが、まず、コーヒーを飲んでから、という私の希望で、あちら側にコーヒー屋さん、だけど こちらにお団子 と勧めてくださるので、五人座れば満員、カーテンに区切られたところで若旦那が1メートル位の幅の台の隅に置かれたガスコンロで小さい5粒ほどの串刺団子を焼いてのご商売 というお店に入った。
一人、奈良博帰りの老婦人が力うどんを食べている。
私のお団子が焼けるのを横からのぞいているとどうもガスの上で水が滴るようで不思議だった。
とろりとしたお醤油味のたれがたくさんかかり、きな粉がかけてある。
きな粉を吹かないようにと注意される。
美味しい、隣のおうどんも美味しそう!
お昼のお赤飯が効いていて残念!
焼けたの、柔らかいの、焦げたの、などなど書込みをされたので注文されてから目の前で焼くことにしたとか、
女性二人で、世の中にはその時その時味わうーいろいろな美味しさがあるのだ、うるさいことを言うな、と意見が一致して盛り上がる。
うどんもその都度お出汁を取るそうで、出て来る前から良い匂いがしていた、と彼女は私を羨ましがらせる。
大仙院さんにお土産に と 10本焼いていただく。
滴る水に注目、それはお団子から、あぶくのような小さなふくらみが出来て弾けていたのだ、と判明。
一件落着。
高島屋さんの会にも呼ばれるそうで有名なお店だったらしい。
次回は力うどんだ。
タクシーの運転手さんも知らないような鳥辺野御陵へ 泉涌寺の受付で道を訪ねて下さった運転手さんに励まされて、 バッグを抱え直し一人赤い橋の下へ 暗い道を下へ下へと左を見れば鬱蒼とした谷、 人の影が私の頭の影に重なって動いた時はぞーっとした。 その影は上の赤い橋を渡っている人のものだった。 昔 そのまま放って置かれた遺体も一杯あったと聞くし、 私は皆様の害になることは決してありませんからどうぞ大人しくしていてください、 と心の中で頼みながら歩いた。 道を間違え麓に帰ってしまったかと思った時、階段が現れた。 頑張ってだれかが書いたような字の看板に 足元の石が不揃いなので気をつけて という内容のことが 宮内庁 として書かれている。 石はどれも趣があり、見ていて飽きないようなものばかりだった。 青空、白い雲、明るい山頂に緑に囲まれた鳥居、御陵が現れた。 柵の前でいろいろ考えていると小さな黄色の蝶が鳥居の周りを舞い始めた。 そろそろ失礼しようかと思ったら何と二頭の蝶が廻り始めた。
蝶の道行という舞踊を見たことがあるが 一条天皇と中宮定子かと目を奪われた。 暗い木立の、来る時は恐ろしかった帰りの道は 明るさに向かって となり、 心安らかに、満たされた気持で出発点に戻った。
10時発二階建て観光バスの乗客は私一人。 ガイドさんに申し訳ながると 今朝一番は欠行、10時発に予約をしていたグループは 昨日の寒さで屋根付き二階建てに変更してしまったとか。 欠行になるとお手当が出ないそうでかえって喜ばれた。 近くの席に来て説明して下さった。 2階からみると少し街の状態が大きく掴めるようで、興味深かった。 知恩院の近くでおろしていただき、 修景なったお堂での11時の法要というのにも間に合い、 今あちこちから木魚の音と一緒に流れてくるお経に囲まれている。 自動販売で飲み物を買っている人を見ていたら その機械からも南無阿弥陀仏と言うお経が聞こえてきた。 浄土宗だからなのかこのおおらかなゆったりした境内は いつ来てもすっと溶け込める。
この文を書いた場所です。いつもここにちらりと桜が咲いています。
清少納言、奈良、とくれば長谷寺。 午前中で字付けを終え、小雨の長谷の観音様へ ご本尊観音様の御御足に触れて、ご縁を結べます。 10月10日から12月6日まで ということで 観音様の足元のお部屋に入り、その大きさに圧倒されながら 右のお御足にすがらせていただいた。 外に出て舞台から拝見する枠内のお姿も優しく、 交通の便もない平安時代でも多くの参詣者を集めたことが頷かれ、 更級日記の作者が都での大きな行事を見ず、 周囲の人に呆れられながらも長谷寺に参ったことが身近に感じられた。
今朝の奈良は薄曇り これから山の中の工房へ字付けに 春、引きこもっている時 枕草子の中の 中宮定子 一条天皇 と 清少納言の関係を ゆっくりと続けて学べたことがとても良いことだった、と実感している。 書作品にした以外の文字や語句に的を絞ってみよう さあ行ってきます。
今日から奈良 着るもの 決めてあったのに この温度の変わりやすい季節で朝になってからこれでもない、あれでもない、と このところ全てのことが返し縫い状態で時間がかかること、、 思いつくことは多く、広がるばかり、ことが捗らず、まあ後にしよう、と諦めるのは早い。 旅行にはゴムのペタペタ草履を履いている。 幸い実際に経験してはいないが 外国で草履の鼻緒が切れた時これで間に合う。 指が開き、足の内側真っ直ぐを意識して使うので足腰に良い。 言いようのないJALの係りの方が受付前の絨毯の上の私の足元を見て、お楽なようでよろしゅうございますね と言って下さったのが忘れられない。 さて 6月 知らない店で買った同じ形のゴム草履は日本製でなく、何とあまり履かないのに貼ってある茣蓙がずれてしまった。 後日いつもの店に行ったらMサイズは一足だけ、大きい分には大丈夫、とお店の人に言って数足持ち帰ったが 今朝L版のそれを履いて出てみるとペタペタと 持ち上げるのに余計な力を要し、 あ、これはダメだと 建物の外からまた部屋に戻った次第です。 これで大丈夫関西を歩き回れます。 軽い靴 バッグに入っていますのでご安心ください。
10月14日
春 家の中に止まっている間 早朝の隅田川縁散歩、行成、道風、佐理、巻子本古今集の臨書、と ほぼ日の講座視聴 で一日を過ごしていた。
シェイクスピア、万葉集、歌舞伎 とそれぞれ 贅沢な講師陣によるいろいろな切り込み方の 宝石箱のような講座だった。
番外編として 京都先端科学大学教授 山本淳子先生の対談番組があり 枕草子に対するお人柄からでると思われる暖かな深い知識に感銘を受けた。
一昨年の書作展のあと 次も平安時代を取り上げようとは決めていたが 枕草子に的を絞ることにだんだん気持ちがまとまった。
2008年から8年続いたイギリス湖水地方での書のクラスや海外でのワークショップに平安時代を取り上げてきたので あちらこちら部屋の中に点在している枕草子関連の資料を集めていたら 以前興味を持って読んだ 枕草子のたくらみ という本が出てきた。
著者が山本先生だったと気がついた。
時間がないので 話をはしょると
この度 山本先生から 先生の訳文を書かせていただくお許しをいただくことができました。
ご親切な対応をしてくださった山本先生 ほぼ日関係者の皆様に感謝いたします。
詳しくは後ほど ぼちぼちと